ランドセル記念館

ここでは基本的にランドセルの写真を掲載しています.他にはランドセルに関する記事を書いています

今後のブログ方針について

どうもこんにちは.管理人です.

先ほどの投稿で,すでに10個のランドセルを紹介させていただきました.

この活動を通じてわかったことは,それぞれお譲りいただいた方がランドセルに

秘めた思いがそれぞれあり,責任をもって写真を掲載し,次の必要としている方へ

お譲りするということが個人レベルでは難しいことを痛感しました.

 

また,この活動を始めたきっかけが二つあり,一つはランドセルを何時何時までに処分してしまうという商品の説明書きにそれなら自分が保管をして,次使ってくれる人へ渡すといった中間的役割を果たしたいと思い活動したいなと思ったのがきっかけです.

もう一つの理由がただランドセルの形そのものが好きで,そういったものが処分・廃棄しまうのはもったいない.人間の記憶はそんなにたくさんの情報を覚えることはできないので写真であればいつでも思い出すことができる.ああ,昔はこんな色のランドセルを持っていたなと思い出してくれる場所を作りたかったのがブログ作成につながりました.

 

しかし,現実問題で考えると保管はできますがお金とスペースは有限なため

いつまでも保管していくこと・購入し続けることはできないことを知りました.

今までは処分されてしまうならこんな形でこういったデザインのランドセルがあったのだと記録をしておきたくて次の方へ渡すのと同時に写真を撮影し掲載してきました.

ですが,これは私のただの自己満足だったのではないのかなと思いました

 

確かに,思い出を残すことは大切です.目の前で捨てられてしまうなら勿体ない・

まだ使えるという感情が芽生え人は行動します.しかし,人の価値観はそれぞれ

です.私はランドセルに対して感情移入をしてしまう人間ですが,他の人からみたら

小学時代を象徴する学習道具でしかないのかもしれません.処分してしまうというのは

もう取っておいても仕方がないから処分をする.劣化してしまったから処分をする

など処分や廃棄と一言で書いても本当は事情があり,リメイクや寄付などいろいろ考えたが自分はそうすると決断したのであれば,私が横からそれは勿体ないので,次に

使える人にお譲りするから保管しておきます.というのはその活動を行ったことによって延命ではありませんが,自分は廃棄処分から守ったんだと考えて行動していたんだろうなと活動を行っていくうちに自分でふと気づきました.これが自己満足につながった

と自分では思います.

 

結局,ランドセルを私が保管してもその譲ってくれた人からしてみたら手元から

なくなったわけなので,これも一つの処分といえます.そう考えると,自分が慌てて

それなら勿体ないので保管しますというのも行き過ぎた行動なのかなと考えたり

もしました.

 

今後のブログの方針としては,処分されてしまうなら自分が引き取って次,大切にしてくれる方へお譲りするという活動は今まで通り行ってはいこうと思いますが

あまり深く考えず,時には処分されてしまっても仕方がないと割り切ることの

大切さ・柔軟な対応が必要だと感じました.

ランドセルの中には,滅多に市場に出回らないレアなランドセルや魅力的なランドセル

も存在します.今後はそういった珍しいものを出品者様から購入し写真を掲載しても

よいかお聞きし,次のかたへ渡す.リユース活動をしていければと思います.

 

私はランドセルが好きです.可能であればすべてのランドセルの写真を掲載

したいです.しかし,個人レベルでは金銭的事情とスペース問題でたくさん

購入することは難しいです.なので,自分が目を奪われたもの,きれいな

ランドセルだなと思ったものをこれから掲載していければいいなと思います.

 

物に感情をここまで移入するのはやっぱり日本人ならではの昔から教わってきた物を大切に扱うというところからきている良い文化だと思います.しかし,なんでもかんでも

もったいないからと保管をしていると物で圧迫されてしまいます.時には取捨選択を

していかなければいけないと活動を通じて感じました.